新しい会社
株式会社経営学校を2016年11月10日に設立しました。会社の目的は新しいスタイルの
経営コンサルタント養成です。新しいスタイルとは、コンサルタントと対象者とが同じ目線に
立ち、対象者の業務に入り込んでいっしょにカイゼンをするものです。そもそも経営コンサルタントは実践において育成されるので、その舞台作りから始めています。
すなわち、受講者が定期的にコンサルティングを行い、実績を上げるための舞台(企業)です。正直にいうと、現在、その舞台づくりの前段階です。わたしの依頼によって受講者をコンサル
タントとして受け入れてくださる程度に親密な企業がいくつか必要です。コンサルティング商
品は新規事業です。これはどの企業であろうと、企業の成長のなかのいつの段階であろうと、
規模の大小に関係なく必要です。別の言い方をすると、新規事業の開発のできる経営コンサル
タントを育成するという考えです。わたしは、ある生産会社(大企業)でコンサルティングをしていますが、それに先立ち、10人
ほどの管理者の前でプレゼンテーションを行ったことがあります。一人の管理者から「私たちと
一緒に苦労していただけますか?」と質問され、わたし、「約束します」と答えました。
その瞬間、場の雰囲気が変わりました。弊社に決まったことを確信しました。経営コンサルタントは、一般に、「高額の報酬をとるが、口先だけだ」と思われているようですが、
その疑念を払しょくし信頼関係を築く必要があります。まず、わたしたちの側が変わらなければ
いけません。企業とともに悩み、苦労する存在になれば、自然と需要は沸き起こるものと思って
います。わたしが前進することが「中小企業診断士が経営コンサルタントになる道」になると思っています。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
コンサルタント商品
中小企業診断士が経営コンサルタントとして独立するための条件が二つあります。その一つは
あなたが「これは日本一だ」と思う方法を持っていることです(他は一年分の生活費が蓄えら
れていること)。あなたが「日本一だ」と思って仕事を開始しても、時代の変化に従って陳腐
化します。常に新しいコンサルタントとしての商品を開発しなければいけません。わたしのコンサルタント商品は製造会社が衰退し、海外に移転し、整理統合される現代に合い
ません。時代に合った、かつ効果の大きな商品を開発する必要です。
新しいコンサルタント商品は、わたしが社会に主張できるのは、イノベーションです。まず、
本を出すことだと考えました。過去、わたしが関係した出版社には向かないので、別の出版社
を探しました。結局「電子書籍であれば、引き受けてくれるところがあるかも・・・」と言わ
れ、紹介者とともに、2018年6月21日、出版社スターティア・ラボ(東京新宿)を訪問
しました。
わたしは編集者に企画書を説明し、「ぜひ、出してほしい」と懇願しました。編集者は、わた
しの熱意が通じたのか、「サンプル原稿を送ってください」と言ってくれました。電子書籍「日本人が新規事業で成功するための教科書」(700円+税)は、2019年3月、
発刊されました。紙媒体でも翌4月、買い求めることができるようになりました(1.400円+税)。日本企業が、農業・鉱工業・商業・サービス業において、北海道から沖縄まで、大企業も中小
企業も、新規事業を波(ウェーブ)のように起こす状況が目標です。従業員一人当たり労働生
産性を3,000万円にすることが目標です。本を出すことはほんの小さな一歩です。この書籍を土台にして、新技術開発センター主催セミナーが2019年9月11日に開催して
くださり、関西の税理士法人が11月7日の講演に誘ってくださいました。これだけでなく各
種の宣伝にチャレンジしたいと思い、解説本を購入しフェイスブックを始めました。
新たなスタイルの模索(2)
コーチングという手法については複数の知人から内容を教えていただきました。
スポーツのコーチをマスコミで知るにいたり、かつてコンサル会社の同僚であり、現在、スポ
ーツコーチをしている知人を訪ねました。スポーツコーチは、魅力的な方法ではあるが、その方法をコンサルティングに替えることはで
きないことを認識しました。せいぜい、補完する手法でしょうか・・。理由は、スポーツコー
チは企業のコンサルティングにくらべて精神面の比率が大きいため、です。コンサルティングはコーチングより理論的です。コンサルティングは論理的な方法を提供する
サービスであり、それを理解することによって誰もが達成できる技術です。たとえば、原価の
構成を学び、その原価構成と現実に発生している費用を比較することからムダを抽出し、ムダ
を削減することによって原価を下げます。それは理論的です。誰もが成果を得ることのできる
技術なのです。わたしは、自分はコンサルティングが向いていると感じ、その道を進もうと考えます。
新たなスタイルの模索(1)
わたしは、中小企業診断士の資格をとったことがきっかけで、1991年、経営コンサルタント
になることを目的としてコンサル会社へ転職しました。コンサル会社では成果を出すことが求め
られました。成果が出ない場合、顧客会社から報酬をいただかないで、当コンサル会社の費用で
計画外の日程に訪問し、仕事(コンサルティング)をすることがルールでした。コンサルティングのなかで、成果を出すため、大きな声を出す(=叱る)ことも含まれると解釈
しました。やがて、叱ることは、叱られた管理者はもちろんでしょうが、叱ったわたし自身が傷
つくことに気づきました。叱った日の帰途、たとえば新幹線のなかで、あるいは飛行機のなかで、
後悔の念に襲われました。最初のうちは「これがコンサルタントというものだ」と粋がったので
すが、徐々に、「何かがおかしい」と思うようになりました。2016年12月8日、知人からアンガーマネジメント(Anger Management)を教えてもらい
ました。テキストもいただきました。
しかし、納得できません。わたしの心の中は、叱ることを肯定する気持ちが半分あり、座禅など
精神の鍛練方法の模索が半分でした。ちなみに、知人から「叱ること」と「怒ること」は別であ
り、怒りのない叱りであれば、コンサルタントとして、あり得るとも教えられました。
しかし、怒りのない叱りも、わたしにとって、同様でした。叱った後、後悔があるのです。
カイゼンと革新(3)
段ボール会社に入ってくる従業員は他の業種・会社に入ってくる人たちより学歴などの面で優秀
とは言えません。すくなくともN社は創業当時、大学を卒業した人が入ろうと考える会社ではあ
りませんでした。一見不利に見える経営環境のなかで、N社は他社に無い段ボールを開発しました。開発力はカイゼンに由来します。カイゼンを繰り返すことによって、社内および社外を見る「目」
が鍛えられ、工夫する能力が涵養され、やがて改革に結びつくのです。会社は新しい商品を社会に
提供することによって継続的に発展します。逆に言えば、カイゼンすることもない製品・商品は
顧客から飽きられます。これは、経営コンサルタントも同じです。自分の仕事をカイゼンする必要があります。
カイゼンがやがて改革につながり、カイゼンと改革によって社会に受け入れられる商品(=人材)
になります。コンサルタントが他の業種と異なることなど何一つありません。どのようにして新しい「芽」を見つけ出すか?
独立したばかりのような時は目の前にある仕事は手あたり次第に行いますが、徐々に仕事を三つに
別けます。①お金を儲けるための仕事、②僅少であるがお金をいただき社会とつながる仕事、
③勉強と割り切る持ち出しの仕事、の三つです。
多額のお金をいただく仕事は、多くの場合6か月~3年で終わるので、次の準備をする必要があり
ます。その準備が②と③です。かならずしも準備がお金をいただく仕事につながる保証はありません
が、そうした準備は長く経営コンサルタントを続けていく役に立ちます。
カイゼンと革新(2)
名古屋の勉強会(実践経営研究会)に通っていたころ、知り合った先輩からN社(1955年創業)
を紹介されました。わたしが関係するずっと前の1967年、N社はZD(Zero Defect)運動を始め
ました。ZD運動は不良ゼロを目指した活動で、当時多くの製造企業が始めましたがほとんどの
企業にとっては流行のようなものでした。次第に日本の企業全体でZD運動は廃れていきました。そんな中、N社は1967年のキックオフ大会以降、現在の2019年まで50年以上運動を継続
しています。各職場は毎月1件のカイゼンを行い優秀な改善は社内報で紹介され報奨が与えら
れます。N社とカイゼン活動がなされていない会社を比較すると、いくつかの違いを知ることができます。
第一に、従業員のカイゼンにかかる能力が違います。しかも、圧倒的に違います。カイゼンの
テーマを見つけ出し、最後に効果を計算するまでのプロセス及びそのスピードは卓越しています。
第二に、仕事の段取りが上手であり、効率が良いのです。たとえば、新しい機械を導入するに
あたり、その計画・搬入・試運転・手順書作成・本格稼働が、関係者が協力し合い計画に従って、
スムーズに進みます。
カイゼンと革新(1)
コンサルタントになって以来、幸いなことにわたしは数多くの会社を観察する機会がありました。
しかも、内部に入り込んで、経営者・管理者などといっしょに仕事をするので、その会社の実態
に触れることができました。会社の寿命は30年であるという説があります。創業から30年経過すると倒産するというので
す。確かに多くの会社は永遠には続きませんが、長く続く会社もあります。寿命が30年の会社
と60年とか100年の会社とは何が違うのでしょうか。長寿命の会社を分析した文献は数多くあります。それらの分析はそれぞれ正しいものと思います
が、次回以降、わたしの考えを披歴します。
K社の経験(4)
この経験のなかから二つの教訓を得ました。一つは実験計画法(線形代数)に対する数学的研
究のつたなさ、第二に中国事情の認識不足です。何度も実験計画法のテキストを読んでいるし、経験もあるものの、圧倒的な知識・経験ではあ
りませんでした。普通の知識と経験にすぎません。生半可な知識でやるのであれば顧客に迷惑
をかけることになってしまうことを痛感しました。日本企業はアジア、欧米、アフリカへ進出するようになりました。中国事情だけでなく、世界
的な事情を知る必要が生じてきました。日本国内だけで済むコンサルティングは成り立たなく
なったのです。そもそも経済はグローバルな性質をもつものであり、世界に目を向けるべきで
す。中小企業診断士が中小企業の支援をするにあたり、その中小企業はグローバルな市場で活動し
ています。たとえば、福井県鯖江市のメガネ製造会社の支援をする場合、そのメガネ製造会社
は世界市場を視野にいれて経営しているのですから、デザイン、肌触り、気候条件など幅広い
知識・経験が必要になると思います。
K社の経験(3)
第二の運送です。
製品は当工場でトラックに積みます。当工場から1.5時間ほどかけてA港に運ばれ、船に積み
込まれ、同じ中国のB港へほぼ一日をかけて運送されます。B港で陸揚げされ、1.5時間ほど
かけて顧客のもとに運ばれます。わたしも、当社管理者も、トラックの揺れ、船倉の温湿度など運送に伴う条件を確認していま
せんでした。船倉では50度くらいの高温になると聞きますが、もし高温にさらされればダメ
ージにつながります。うかつでした。しかし、運送は想定外だったのです。現時点で、工場出荷時点では良品であったが、運送の影響を受けて不良品になった可能性が高い
と考えています。(わたしの任務が書かれた契約書を取り交わしたわけではありませんが、もし
工場の品質だけでなく、顧客に届けるまでが任務であったと仮定すると)受諾前に日本企業の
技術トップに運送の問題を話し、運送にともない製品がさらされる条件を調査してておくべき
でした。
K社の経験(2)
今から思うと、二つの原因が考えられます。第一は生産条件設定にミスがあった、第二は運送途上
での商品の変形です。まず、第一の生産条件設定からお話しします。
生産条件を決めるには実験計画法という方法を使います。この方法は数学(線形代数学)で構成さ
れています。品質は、原料から製品にいたる工程の諸条件できまるのですが、工場で生産するさい
に変動するであろうと考える諸条件を意識的に変動させ、そのバラツキが品質に与える影響度を計
算します。バラついても影響しない条件は管理しません。品質に影響する条件は計算によって上限
値・下限値を決め、その範囲に収まるように管理します。話は外れますが、わたし、大学の若い先生とお酒を飲みながら「実験計画法を誰でも活用できるく
らいに簡略化すると有益ですが・・」と持ち掛けるのですが、たいへん忙しいようで、いまだ線形
代数学を「崩す」にいたっていません。実験計画法を使って設定した最適条件にマチガイがあったのか? 中国人従業員は全員が素直であり、
わたしの指示を順守しました。わたしの指示が間違っていたのか・・・心が揺れました。
K社の経験(1)
わたしのほろ苦い経験をお話しします。
ある日本企業が中国に工場を開設しました。その工場では新製品を生産します。わたし、コンサル
ティングを依頼されました。①最適な生産条件を見つけ出す、②工程の品質管理体制を整えることが
役割であると心得ました。2014年4月19日~29日(11日)の仕事でした。生産条件の確定、品質管理体制の確立、量産を並行して進めます。従業員は個々の製品が合格であ
ることを確認し、梱包し、出荷しました。
わたしは、工場内を巡回し、生産条件と品質の関連を検証し、(最初の数日は不良品ができるので、
最初の生産にかかる)全製品を廃棄させ、4日目から徐々に良品の比率が高まることを確認し、前
工程にかかる生産条件を操作しながら最終検査を確認します。夜は、残業が終わった後、管理者・
従業員といっしょにお酒を飲み、つたない中国語で懇談しました。わたしは、たしかに良品が出荷されたことを、自分の目で確認しました。しかし、2014年5月
2日、顧客の受け入れ検査に立ち会った当社従業員から「全品、不良です」と連絡を受けました。
この従業員は精華大学を卒業した優秀な人材であり、彼の確認にミスがあるとは思えません。
事実、写真も送られており、確かに不良品でした。わたしは、当社社長および技術トップに申し訳ない気持ちで、打ちひしがれました。当社は優に一億
円を超す損害でした。
時代の違い(2)
第二の違いは先端的知識のありどころです。
わたしが独立した1990年前後、ISO9001の知識は経営コンサルタントにありました。わたしの場合、
イギリス人が日本で行うセミナーに出席し知識を吸収し、多くの大企業・中小企業でISO9001の認証
取得の方法を教えました。現在の企業が注目する技術はAI(人工知能)、ロボット、シェアリングであり、あるいは農業です。
これらの知識は中小企業診断士だけにあるわけではありません。
たとえば、都会のなかで野菜を栽培する試みは大企業が行っているし、都会から地方へ移住し「田舎
暮らし」を始める試みは地方自治体・NPO法人が支援しています。中小企業診断士として個人的に支援
できる範囲は非常に狭いと言わざるをえません。
理由は、それらが方法論ではなく、技術そのものだから、です。長期的・組織的に蓄積する技術である
ため、社会的需要はあるものの、中小企業診断士が関与できる領域は狭いです。
時代の違い(1)
わたしは、1991年、経営コンサルタントに転職しました。この文章を書いている2019年から
振り返ると30年ほど前になります。わたしの転職時と現在とを比較すると、経営コンサルタントを
取り巻く経営環境がおおきく変わりました。そのことを述べます。第一は経済面から見た世界における日本の位置です。
アメリカでKAIZENという本がでました。著者・今井正明は、東京大学を卒業後、日本生産性本部の通訳
員としてアメリカに住んでいました。日本の経営者がアメリカ企業を見学するための斡旋をしていたよ
うです。やがて日本の産業が急成長するにいたり、逆にアメリカ人が日本の生産方法を知りたいと思う
ようになり、彼は日本企業で行われていたカイゼンを英文の本にしました。あっという間に世界的に有
名になり全世界の経営者およびその団体から講演の依頼を受けるに至ります。わたしは、書籍KAIZENの著者・今井正明が社長を務めるケンブリッジ・リサーチ(東京)を訪問し、お
会いしました。小柄で白髪の紳士でした。西洋式に握手しましたが、その手のやわらかな感触を覚えて
います。
ケンブリッジ・リサーチは日本の生産方法を学ぶために来日する経営者・管理者のためにツアーを企画
運営していました。副社長から、「カンバン方式を教えることができますか?」と質問され、わたしが
「はい」と答えると、さっそくトヨタ生産方式を学ぶ欧米人向けツアー(研修+工場見学)の講師に採
用されました。日本は世界的に優位な地位にいました。アメリカ、イギリス、ドイツなどが日本へ「日本式生産方式」
を学びに来たのです。しかし、現在、欧米企業が日本から学ぶことは少ないと考えます。
ごあいさつ
このサイトへ来ていただきありがとうございます。
今から5年前の2014年、「中小企業診断士から経営コンサルタントへ」というタイトルのブログを
このホームページに掲載しました。わたしが資格「中小企業診断士」をとった後の経営コンサルタント
として生活するプロセスを軸にし中小企業診断士に役立つであろうと思われる活動を述べました。それ
は過去を向き、過去のなかの有益と思われる教訓を拾い出したものでした。
今回は未来を向いた、わたしの夢を語りたいと思います。もとより、わたし、予言者でも霊能者でもあ
りません。未来を見通すことはできません。過去と現在を凝視し、その延長線上に、未来において実現
したい夢を語るものです。