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イノベーション雑感 -著 小笠原 宏-


プロローグ

「イノベーションは○○理論により、△△を行い、□□することにより達成する
 ことができる。これをOGASAHARA方式と呼ぶ」

もし、OGASAHARA方式なるものがあったら、私は2,3実践し十分に確認した(儲けた)後に発表するでしょう。残念ながら、こうすればイノベーションは成功する、確実な方法はありません(少なくとも私は知りません)。
しかし、世間ではイノベーションが起こり人々の生活は豊かになっています。また、イノベーションに成功した企業は業績を伸ばし、失敗した企業或いは何もしなかった企業は存続の危機にさらされます。

そもそも、イノベーションとは何か。先人の言葉を借りると、1938年頃、シュンペーターは経済成長の源泉はイノベーションであるとして、次の5つを定義しています。
 ①新製品の生産 
 ②新生産方式 
 ③新市場の開拓 
 ④新しい部材の調達 
 ⑤新しい組織の実現 
これは企業活動そのものです。ドラッガーは企業の目的は顧客の創造であり、そのためには、マーケティングとイノベーションが必要である。と言っています。クリステンセンが「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」を定義し現代の企業の盛衰を分析した「インベーションのジレンマ」を発表したのは1997年です。17年も前のことです。今現在、それぞれの企業はイノベーションという言葉を意識する、しないに関わらず日々活動を続けています。しかし、企業が継続的に発展していくためには常にイノベーションを考え続けなければならないことは歴史が教えています。本コラムではコラボレーションを切り口とした3つの事例から考察してみたいと思います。
   1.経営者と技術者のコラボレーション。
   2.社内のコラボレーション
   3.大企業と小企業のコラボレーション
イノベーションを起こすための一助となれば幸いです。

第1回:経営者と技術者のコラボレーション(1)

【1-1 富士フイルムとコダック】

私は学生時代、写真部に所属していました。当時はもちろん白黒写真です。フイルムはコダック社製のトライXの100フィート巻を購入しそれを36枚撮り相当にカットして使っていました。もちろん、光が当たると使えなくなるので、ダークバックの中で手探りの作業で作っていました。

当時、トライXは貧乏学生にとっては高価なフイルムでしたが、100フィート巻を購入して、カットして使うと国産の富士フイルムのネオパンSSと同じくらいの値段になったと記憶しています。品質もトライXの方が良いと言われていました。40年以上前の話です。
世界のフイルムの先頭を走っていたコダックが米国で連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)を申請したのは2012年1月19日のことです。一方、コダックをライバルいや、目標としてきた富士フイルムのフイルム部門は2011年に大河内記念賞「偏光板保護フイルム「フジタック」の高品質・高効率生産技術の開発」、2012年に化学工学会技術賞「大画面LCDテレビ用偏光板保護フイルムの高品質・高効率溶液成膜技術の開発実用化」、そして2013年第5回ものづくり大賞内閣総理大臣賞「液晶ディスプレーの世界的普及を支えた光学フイルムの高度生産プロセスの開発」と3年続けて、日本の技術の権威ある賞を受賞しています。

この2社の明暗を分けたのは何なのか、イノベーションの視点で考えてみたいと思います。尚、コダック社は2013年8月20日に規模を大幅に縮小したデジタルイメージング企業として連邦倒産第11条の適用を脱する計画について裁判所から承認を得ています。つまり、現在も会社は存続しています。

第2回:経営者と技術者のコラボレーション(2)

【1-2 市場が消える**コダック**】

コダックが倒産した原因はもちろんデジカメが普及しフイルムが売れなくなったからです。あるデーターによるとカラーフイルムの販売量はピークの2000年を100とすると2010年には7.9と10年で92.1%の市場がなくなりました。デジカメとフイルムカメラの販売台数が逆転したターニングポイントは2005年です。ところで、デジカメは1975年コダックのSteve Sassonによって発明されています。コダックは1975年以降の技術開発、或いは2000年以降の市場の変化に何をしていたのでしょうか。クレイトン・クリステンセンの「破壊的イノベーション」研究の格好の餌食となりそうです。尚、世界で最初にデジカメを発売したのは富士写真フイルム(現富士フイルム)で、1988年に発売した「FUJIX DS-1」です。

写真フイルムは利益率の高い商品と聞いています。このため、コダックの社内でのフィルム部門の影響力は非常に強いものであったと考えられます。デジカメはこの写真フイルムの存在基盤を脅かすことを、当時の経営者は気が付いたかどうかわかりませんが、少なくともデジカメの芽を次の写真事業の柱と育てようとはしなかった結果です。コダックの社内には多くの新しい技術の芽が存在したと思います。しかし、その芽を育てることができなかった。つまり、本当に必要な部門に人と金を投入しなかったのです。

2000年以降のカラーフイルムの販売量が減少し、デジカメの販売量が伸びている時期に何をしていたのでしょうか。失礼な言い方ですが「ゆでカエル」状態であったと言われても仕方がありません。コダックにとって自社の存在基盤である写真フイルム市場がなくなることに気づくのが遅すぎたため、写真フイルムに変わる次の商品を見つけ出し、開発・設計・試作・量産・販売のプロセスにのせることができませんでした。コダックからは「経営者」と「技術者」の姿が見えてきません。

第3回:経営者と技術者のコラボレーション(3)

【1-3 市場が消える**富士フイルム**】

富士フイルムは誰もが知っている超大企業であり、事業分野もCMでお馴染みのカメラ、化粧品、医療機器、サプリメントなど多岐に渡っています。古いところでは「マガジン・ポン、私にも写せます」や「写るんです」「お正月を写そう」などCMのフレーズがすぐ出てきます。最近では特に医薬品で注目を集めています。ここでは、フイルム部門にスポットをあてます。

写真フイルムは顧客がお店でフイルムを購入したあと、必ずお店にフイルムを持ち込み現像・印刷を行う、ビジネスとしては1度で2度3度美味しいモデルです。利幅も大きく長いあいだ、社内でフイルム部門は「我が世の春」を満喫していたことでしょう。1980年代からは写真フイルムの技術を電卓やパソコン、テレビの液晶ディスプレーの偏光保護板にも用途展開していました。

現在のCEO古森重隆氏が富士フイルムのトップとなったのは2000年です。CEOは社内で「富士フイルムにとって写真フイルムがなくなるのはトヨタから車がなくなるのと同じことだ」と言って、危機感を煽ったと聞いています。富士フイルムにはカメラ部門もありデジカメが台頭し写真フイルムの時代が終わることは早くから認識していたと思われます。このためフイルム部門の危機感も非常に高いものがありました。富士フイルムとしては医療、化粧品など新しい分野に進出する事業展開も行っています。しかし、フイルム部門の技術者にとっては自分の職場がなくなることは耐えられないことです。

第4回:経営者と技術者のコラボレーション(4)

【1-4 コア技術で生き残る】

富士フイルムは1980年代から写真フイルム技術を応用した電卓やパソコンの液晶に使用する液晶ディスプレー用偏光保護板を開発し販売していました。何れも小さなサイズで写真フイルムの設備を応用(借用)すれば作ることができました。フイルム部門の中では影の薄い部署であったと思われます。

転機が訪れたのは2003年です。地上デジタル放送の開始です。2011年の地上アナログ放送の終了までの8年間で、ほとんどのテレビは薄型テレビに置き換わりました。特に液晶テレビは年を追うごとにサイズが大きくなり価格が低下しました。この流れを影で支えていたのが富士フイルムの偏光板保護フイルム「フジタック」と視野角拡大フイルム「WVフイルム」です。
液晶テレビは消費電力が少なく薄型にできる利点はありましたが、大きな欠点がありました。画面を斜めから見ると画像が潰れてしまうことです。液晶のバックライトから出た光が散乱してしまうためです。初期の液晶テレビはこの欠点のためプラズマテレビに負けていました。バックライトの光を真直ぐの方向にだけ進ませれば解決できます。理屈はわかっています。偏光フイルムを作り、光を真直ぐにすれば良いのです。しかし、当時は世の中に高品質で量産できる装置(設備)はありませんでした。さらに、液晶セルを保護するフイルムには液晶セルの綺麗な画面を損なわないために光学的にひずみがなく、透明性に優れ、薄く均一で耐久性のあるものが要求されていました。加えて、液晶テレビのサイズはどんどん大型化していきます。富士フイルムは液晶メーカーと既に20年以上付き合っていました。当然、液晶メーカーからなんとかできないかとの要求はあったはずです。フイルム部門の技術者たちは昼夜を惜しんで開発に没頭し、幾多の課題を乗り越えて、大型液晶テレビにも対応可能な液晶用フイルムを高品質・低コストで量産化できる技術を作り上げました。

そして、完成した技術を使った量産ラインの新設を経営トップに答申しました。トップの判断は驚きでした。答申した計画の2倍の生産能力を別会社を設立して作るというものでした。富士フイルムの従来の考え方では1ラインが精一杯の投資額でした。その慣例を破り2ラインを新しい会社を設立して作るというトップの決断が現在の液晶テレビ全盛期を作り上げたと言っても過言ではありません。新会社の設立は2005年のことです。その後生産能力の増強を続け、現在では「フジタック」は70%、「WVフイルム」は100%の世界市場での占有率です。すべて、国内生産です。

第5回:経営者と技術者のコラボレーション(5)

カラーフイルムはデジカメの出現によりその市場がなくなりました。カラーフイルムの覇者であったコダックは規模を縮小して「デジタルイメージング企業」として生き残り、かたや、富士フイルムはコア技術であるフイルム技術を新たに出現した液晶テレビの中核部品として作り上げ世界市場を獲得することに成功しました。

これは、偶然の結果ではありません。「フジタック」を量産する20年以上前から液晶用のフイルムを作り、その過程で液晶は何かを熟知し、液晶にとって何が必要かを十分に理解した上で、コア技術であるフイルム技術の総力を挙げて取り組んだ技術者集団。そして、カメラ部門の予測から早晩カラーフイルムがなくなることと、液晶テレビの時代が来ると確信した経営者の判断が今日の結果をもたらしました。技術者と経営者の相乗効果がもたらした結果といえます。

イノベーションは漠然とした言葉です。大きくは薄型の液晶テレビの普及はイノベーションでしょう。そして、それを支えた液晶用フイルムの量産化もイノベーションです。富士フイルムの例にあるように、経営者と技術者が共鳴したとき強い力が発揮され大きなイノベーションが生まれます。この成果を企業業績に留めず、2011年に日本のノーベル賞と言われる大河内記念賞、2012年化学学会技術賞、そして、2013年第5回ものづくり大賞内閣総理大臣賞への申請を経営者が承認し、それに、技術者が見事に応え受賞しています。寝食を忘れて開発に取り組んだ技術者たちにとって、賞に自身の名前の刻まれることは一生の宝物となります。さらに、社内の他の技術者に次は「俺だ」とモチベーションも大いに高まることでしょう。そして、次にまた新しい何かを見せてくれる期待が膨らみます。

第6回:社内のコラボレーション(1)

【2-1 コールドチェーン】

冷蔵庫の普及率が50%を超えたのは1965年です。50年前です。その後10年でほぼ100%の普及率となっています。
この1965年に科学技術庁資源調査会から「食生活の体系的改善に資する食料流通体系の近代化に関する勧告」が行われました。通称「コールドチェーン勧告」と呼ばれています。この勧告により生産地では保存用の冷蔵庫が設置され、流通段階では保冷車・冷蔵車・冷凍車が使われるようになり、小売・生鮮スーパーでは冷凍・冷蔵ショーケースが設置されるようになりました。正にイノベーションです。食品は生産地から冷えた状態で鮮度を保持して消費者に届く、いわゆる、コールドチェーンが社会システムとして作られるようになりました。現在もコールドチェーンシステムは進化を続けています。

勧告から50年も経過していますから全てが当たり前となっていますが、コールドチェーンによる社会の変化をあげてみましょう。私は愛知県に住んでいますが北海道や鹿児島の野菜を新鮮な状態でスーパーで購入することができます。いわしは非常に傷みやすい魚で刺身は港付近でしか食べることができませんでしたが、旬の時期には遠く離れたスーパーで購入できます。特に魚類は傷みを防ぐために塩漬けにして流通していました。このため、1965年当時の日本人の塩分摂取量は一人当たり20g/日であったと言われています。

これが、コールドチェーンにより塩漬けで魚等を運ぶ必要がなくなり、現在では13g/日と少なく、日本人の寿命が延びたのはコールドチェーン勧告のおかげだと評価する専門家もいます。全国規模のチェーンレストランは工場で一括して料理を作り、冷凍状態で各店舗に配送して、解凍調理し顧客に提供することが当たり前となっています。コンビニの食材もゴールドチェーンなしには成り立ちません。このように、コールドチェーンは私たちの食生活に必要不可欠のものとなっています。このコールドチェーンのハードを支えたのは冷凍装置です。原理はエアコンや冷蔵庫と同じです。

第7回:社内のコラボレーション(2)

【2-2 冷凍装置】

冷凍装置は例えば打ち水をすると涼しくなる現象を連続的に行う装置です。打ち水で涼しくなるのは水が蒸発するときに地表の熱を奪い温度を下げるからです。冷凍装置は冷やす働きをする「エバポレーター」と水の働きをする「冷媒」(化学物質)と、それを循環させるための「コンプレッサー」、そして、「エバポレーター」で集めた熱を捨てるための「コンデンサー」を「冷媒」が漏れないように配管で繋いだものです。冷やす温度の違いにより25℃はクーラー、0℃は冷蔵、-20℃は冷凍などと呼びます。ちなみに、エアコンとは冷房(クーラー)と暖房(ヒーター)を一つの装置で行うもの言います。

 さて、前置きが長くなりましたが、コールドチェーン勧告は大きなビジネスチャンスでした。私は車載用冷凍装置の開発とコールドチェーンシステム機器の開発を担当した時期がありました。ある時、上司から軽自動車用のクーラー付き低温用冷凍機の開発を指示されました。クーラーと冷凍機は別物で大型車はそれぞれの装置を両方取り付けていました。車用のクーラーと冷凍機はそれぞれエンジンで駆動しています。しかし、軽自動車はエンジンルームが小さくスペースがないためコンプレッサーをエンジンに2台付けることはできません。さらに、排気量も当時の軽自動車は360ccと小さく、クーラーと冷凍機を同時に運転すると車が走らなくなる懸念もありました。私は相当期間実験室にこもりっきりで開発を行い、なんとか、1台のコンプレッサーで真夏に運転席25℃、冷凍庫-20℃を維持できるシステムを作ることができました。このシステムを社内の厳しい品質評価を受け市場に投入しました。ここで私はお役御免です。次の開発テーマに取り組むことになりました。
1年くらい経過後に市場から「コンプレッサー」が壊れたとのクレームが届きました。

第8回:社内のコラボレーション(3)

【2-3 組織力】

冷凍機にとって「コンプレッサー」の故障はあってはならないことです。現場のサービス部門は直ぐにユーザーの元に向かい故障した「コンプレッサー」を回収し、原因がわからないままなので、再発するかもしれないが、取り敢えず代わりのコンプレッサーと付け替えて翌日には動くようにしました。余談ですが、冷凍車を扱う配送業者は車が配送途中で故障することを想定してバックアップ体制を整えています。故障の連絡を受けると直ぐに、代わりの冷凍車を現場に派遣して、積荷の品質低下が最小限で抑えられるように対応します。

本社に送られた「コンプレッサー」を直ぐに分解調査し原因を調べました。しかし、なぜ壊れたかは特定できません。直ちに、設計と品質とそのほかの専門部門と合同の調査チームが編成され究明活動が行われました。システムを開発したときとは比べ物にならないくらいの資源が短時間に投入されました。品質問題が発生した時の対応には鉄則があります。先ず、お客さんの現状を復帰し迷惑が広がらないようにする。次に、原因を究明し対策を立てる。対策は市場に対して行う暫定対策と、これから作る製品に行う恒久対策からなります。この取り組みを短時間で行うことが要求されます。

なんとか、原因を突き止め、市場に対して全数対策を行うことになりました。車載用の冷凍機は車とセットなので全てのユーザーが把握できます。全国の販売店を通じて市場への暫定対策を行い、最後にこれから生産する製品に改良を加えました。この対応が顧客の信頼を勝ち取ることになります。開き直っているわけではありません。仕事にミスはつきものです。問題はミスをした後の対応です。対応の善し悪しで会社の評価が高まることもあれば、下がることもあります。

第9回:社内のコラボレーション(4)

【2-4 組織力2】

その後、この軽自動車用のクーラー付き冷凍機は軽自動車の冷凍機市場の70%を確保しました。さらに、特許を競合企業とクロスライセンスにより与えたので、ニッチな分野ですが、全ての、軽自動車のクーラー付き低温冷凍機はこのシステムで動いています。このシステムにより軽自動車で夏場に快適な環境で冷凍食品を配送できるようになりました。特に、女性ドライバーには好評で、配送会社にとって女性ドライバーを確保する為の切り札になったと聞いています。まさに、イノベーションです。

このシステムは誰が作ったのでしょう。始まりは、市場の声を聞いた上司です。次に上司の指示を受けてシステムを開発した担当者。それを製品化まで持っていった設計、品質、製造部門。販売した営業部門。コンプレッサーが壊れた時に対応したサービス部門、原因を突き詰め壊れないシステムを作った新たな設計、品質、サービス、製造部門。どれが欠けても市場に定着することはなかったと思っています。

イノベーションとは新しい技術やシステムが社会に受け入れられ、喜ばれ、社会と会社に利益をもたらすものだと考えています。市場の大小は関係ありません。小さいイノベーションがたくさん集まれば大きなイノベーション郡となります。イノベーションを成し遂げるのは、個人でしょうか。私は企業力、組織力だと実感しています。真摯に取り組んだ、日々の活動の積み重ねがイノベーションの波を起こしていくものと信じています。

第10回:大企業と個人企業のコラボレーション

最後に、連携によるイノベーションの可能性について考えてみます。
企業・学校・公的研究機関などとの連携は広く行われています。大学では研究費を確保するため企業と共同研究を行うことは必須の課題となっているようです。また、国の補助金制度として「サポイン」は産学官の連携により試作開発を行う事業に3年で約1億円の補助金があり広く活用されています。

ところで、民間企業同士の連携のパターンとしては、企業の規模により
 ①大企業―大企業 ②大企業―中企業 ③大企業―小企業
 ④中企業―中企業 ⑤中企業―小企業 ⑦小企業―小企業
の組み合わせが考えられます。

従来の取引の延長として行う技術開発は①大企業―大企業でも買う側と売る側で上下関係があるのと、部署対部署の関係でお互いの気心が知れているためスムーズに進み継続的ノベーションが繰返し行われてきました。これは②~⑥でも規模の差はあれ同じ理由で継続的イノベーションが行われてきました。しかし、取引関係のない大企業同士が連携する場合、特にボトムアップの場合トップを動かすためには新技術の確実性、市場規模の見積もりが要求されなかなか難しいことです。さらに、企業規模に関わらず連携する相手を見つけることが大きな課題でもあります。最近は大企業と中小企業との連携を取り持つ活動が金融機関や連携を企画する企業、更には公的機関でも行われています。ただし、その中身は連携による技術開発を指向するよりも、自社でできない加工やより低コストの、ものづくりを狙った取組が中心のようです。

本稿では大企業と小企業の連携によるイノベーションの可能性について考えてみたいと思います。

第11回:大企業の開発担当者のつぶやき

大企業の開発部門には人・設備・資金は豊富にあり開発担当者は恵まれた環境で仕事をしていると、世間では思われているでしょう。程度の差はあれ事実だと思います。大企業の担当者はそうは思っていないかもしれませんが、現実は恵まれています。しかし、彼らが持っている知識、設備は現在の製品の開発に必要なものばかりです。すべて、過去において必要であったものばかりです。

イノベーションを狙い新たな「コト」を始めた途端、知識も設備も足りないことに気づきます。例えば、新しい「コト」を始めるにあたり試験、計測は必ず必要となります。ところが、中核となるデーターを計測することができないことに気づきます。カタログを調べてもそのような計測器は載っていないことも多々あります。出入りしている計測メーカーのセールスエンジニアに問合わせても、「それは我社ではできません」との回答。やむを得ず、開発担当者は自分で作り出します。元々知識のない分野なかなかうまくいきません。

新たな「コト」は具体的に実現性が見えてくると、経営層の承認をとり、一気に組織化し経営資源を投入できます。言ってみれば、良い「タネ」ができれば肥沃な土に植えて、水をやり、発芽したら光と水と肥やしを与えて美味しい「果実」ができるように総力で取り組むことができます。如何にして良い「タネ」を見つけるか、或いは、創るかが開発部門にとってのミッションです。しかし、先が見えない状態で周りの協力が得づらいのも事実です。大企業の開発部門には土に植えられない「タネ」が多く存在します。もう一歩踏み込むと良い「タネ」かどうかが判断できるのに・・・。と考えている開発部門。

第12回:小企業の囁き

小企業或いは個人企業には本人のスキルを組織でなく個人として生かすために設立した会社が多くあります。優秀な能力を企業の組織の中では生かしきれないことに我慢できずにスピンアウトした人が、会社を設立している例もたくさんあります。彼らは自身の優れたスキルをビジネスに活かしたいと望んでいます。特に、大企業をスピンアウトした人には専門分野での高いスキルが期待できます。

しかし、彼らには無いものだらけです。資金、営業、経理、生産、試験・・・数え上げたら限がありません。
何が大事か。二種類の仲間を作ることです。一つは自社(個人)の実力を評価している営業的グループ。二つは具体化するための設計・生産をともに行う技術的グループです。

営業的グループには前職の会社の同僚や上司、さらに学会等に入り自社をアッピール、大学の先生、友人、知人なんでも活用します。口コミで誰々さんならできるかもしれない、という雰囲気があれば、第一報が入ります。あとは自身の実力の世界です。もてるものを全て動員して課題に対するプレゼンを行います。

技術的グループは自社だけでは経営資源がなく実現できない時に、設計・試作を行える仲間の会社を確保しておくことです。所謂外注先ではありません。共に考え、共に創る関係です。自社よりは規模の大きい会社の社長と親密な関係を築く必要があります。技術開発つまりイノベーションを起こそうとしているときは不確定な開発要素が多くあり、思惑通りには進まないものです。自社だけで解決できることなら徹夜でもなんでもできますが、他社に依頼している場合はそうはいきません。無理が言える人間関係を築いておくことが必要です。

第13回:マッチング

非通知の電話が鳴り「○○さんですか。(株)△△の▽▽と申します。・・・」数日後、大企業の担当者が来訪、新技術品のイメージの説明を受け、具体化の可能性のコメントを求められる。確かに、世の中には存在しないが自身の技術と知見から可能なような気がしました。「できます」と回答。さらに、ものづくりのためのネットワークがあることを強調します。担当者は喜んで帰って行きました。これで決まりです。数週間後、詳細な話をしたいので、ついては、機密保持契約(NDA)を結びたいとの連絡を受けました。数週間の間に大企業はあなたの会社とあなた自身を調査し、問題がないと判断した結果です。

大企業を訪ねNDAを結び、詳細な説明を聞き、そして、具体的な構想と見積もりを作ってほしいとの依頼を受けます。後日、可能性のある3案と見積もりを提出した後は、契約内容の協議となります。開発完了に一年近く要するプロジェクトになる場合は開発資金の確保が最重要課題となります。大企業にとってはお金を出す以上新製品、新技術は自分の権利としたいと考えています。両社が同意できる内容を業務委託契約でまとめます。契約書は大企業が作ります。特許は大企業が出願しあなたは共同開発者として名前を載せる方式となるでしょう。
大事なのは開発資金です。次のような分割方式が考えられます。開発を四分割し、詳細な仕様書を作成し、合意した時点で開発費の1/4、製作図面・ロジックを作成し合意した時点で1/4、試作品を作り納品、検収を受けた時点で1/4、最終製品を納入、検収した時点1/4を大企業が支払う。これで、開発に専念できる体制が整いました。

第14回:イノベーションの実現1

大企業のニーズとあなた(小企業)のシーズから今までにない新しいモノの開発が始まります。詳細な仕様書(設計計画書)は大企業の担当者には好意的に受け入れられるでしょう。今までできなかったモノができそうな気がしてきたからです。3Dプリンター等を使い形状サンプルを作ると尚良いでしょう。担当者はそのサンプルを社内であたかも自分が作ったように報告します。大企業内ではできたような雰囲気になっています・・・。

 詳細な仕様書をもとに図面・ロジックを作り先ず試作品つくりに入ります。協力してもらえる会社は事前に連絡済みです。機械加工、組み立て、電子部品、制御回路など全体の状況を確認。調整しながらなんとか試作品を作ることができました。この試作品は性能確認、品質確認、耐久確認など新しいモノに要求される項目を試験・評価するために使用します。実はあなた(小企業)には試験装置はありません。大企業が評価することになるでしょう。結果、多くの課題(問題点)が出てきます。

 大企業が課題を「不良品じゃないか。何をやっているんだ」と捉えるか「やはり難しい、これでよいものができるぞ」と捉えるかはわかりません。いづれにしても、ここからはコミュニケーションを密に大企業とともに課題解決のために取り組む以外方法はありません。注意しなければならないことは、あなたの世界と大企業の世界では言葉の意味と求めている品質レベルが違うことです。違う世界が融合した結果新しいモノが可能となりましたが、製品として作り上げるためには大企業の言葉と品質レベルを理解し、あなたが合せなければなりません。このためには、コミュニケーションを密にする以外方法はありません。

第15回:イノベーションの実現2

課題解決には多くの苦悩とお金がかかります。新しいモノを開発するときスケジュールと予算をどれだけ見積もるか。試作は最低2回。見積額は競合がないこと、新しいモノの開発で不確定な要素が多いことを踏まえた金額を最初に提示することです。契約以外のお金を後から請求することはできないことを前提に考えるべきです。

大企業の担当者と一緒に課題解決に取り組み当初の目標の75%以上のモノができれば御の字でしょう。これで「良し」としてくれるかどうかは別ですが・・・。このモノにより大企業は新たなステージに入ることができ、担当者の業績も評価されるでしょう。あなた(小企業)は大企業にとって頼もしい存在としてパートナーとして、開発したモノのさらなる改良に取り組むことになるでしょう。

サクセスストーリーとしての大企業と小企業の連携によるイノベーションの可能性について述べてきました。新しいモノを作る時には多くの苦悩があります、つまり、解決策が見つからない、対策には多くの時間とコストがかかる、ソフトが期待通りに動かない、納期通りにモノができないなどなどが付きものです。あなた(小企業)には大企業と実際にあなたの手足となり動いてくれる協力企業とを調整するためのタフな心と体が必須です。もし、自信がなければ業務委託契約は結んではいけません。アドバイザー、あるいは顧問として日給○○万円の契約を結び新しいモノづくりに協力する道を探るべきです。

最終回:まとめ

経営コンサルタントとしてイノベーションをキーワードに何ができるかを模索している中で、今まで私がかかわったイノベーションと呼べるものをまとめてみました。
そもそも、イノベーションとは何かについては日本語の意味が分からなくなるくらい多様な使われ方をしています。私は新製品につながる新技術としてイノベーションを捉えています。そのうえで、イノベーションはどのようにしたらできるかに対する私の見解は「ニーズ」つまり、何がしたいのかを明確にし、「シーズ」つまり、どのように達成するかを考えることだと理解しています。

「ニーズ」は感性の世界だと思います。多くのデーターやチョットした出来事から「ニーズ」を抽出することです。感性は仕事への強い取組み姿勢と幅広い経験が育てるものです。そして、感性の育成は個人の資質だけではなく、企業のシステムとして感性が発揮しやすい職場づくりを実現するように取り組むべきことです。発想法などの技法は後付で「ニーズ」の妥当性を説明する手段としては有効でしょうか。
「シーズ」は理論と設備と根性だと考えています。理論と設備はお金で解決できますが、根性は人間の話です。個人の能力としての根性もありますが、企業が取り組まなければならないことは、根性を発揮できるシステム、風土をつくることです。つまり、イノベーションを成功させるには「感性」「理論」「設備」「根性」の4つが必要である。

これが本コラムのまとめです。ありがとうございました。


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